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LGBTsニート

NEET株式会社LGBTs事業部のブログです

小学生時代なんて存在しなかった

 小学生時代なんて存在しなかった。
 わりと最近まで、そう思っていました。

 

 僕が自分自身を性同一性障害だと認識したのは、中2の頃です。その頃、性同一性障害という言葉を知りました。
 インターネットとかは無い、古代の話です。セクシャルマイノリティに関する情報なんて、ほとんどありませんでした。あったとしても、馬鹿にしたり笑いものにするような、差別的な内容が主です。
 そんな中でも、いくつかのテレビや新聞、雑誌が性同一性障害の問題を取り上げていました。それらの微々たる情報を用いて、僕は自分が性同一性障害なのだと断定するに至ったのです。

 とはいえ、性に関する苦痛を感じていたのは、小学生時代からです。小学生時代には、自分の中に性同一性障害という概念がありませんから、このとき感じていたのは、得体のしれない、それでいて激しい苦痛といって良いでしょう。苦痛の原因が、「性」という部分にあることすら、明確に意識できてはいませんでした。

 僕は女子の遊びにうまくなじめず、女の子たちと仲良くできませんでした。何か自分だけ異分子であるかのような、溶け込めない感じが常にありました。
 幼稚園時代は、近所の子が男の子たちばかりだったということもあり、彼らと遊んでいました。そのときには、溶け込めない感じはなく、彼らとヒーローごっこや虫取りといった、どちらかというと活発な遊びに興じていました。
 それが小学校に入り、男子は男子、女子は女子でかたまって遊ぶようになり、周囲の大人たちからも、そうするように言われました。だから僕も、女の子たちと遊ばなければいけないのだと思い、その通りにしましたが、これがどうも上手くいきません。僕はだんだん孤立していき、そのうちいじめに遭うようになりました。

 得体のしれぬ苦痛と、いじめと、あと僕は喘息持ちだったので、それと。その3つにひたすら喘いで、ただただ苦しかった記憶しかない小学生時代。高学年頃になると、吃音まで加わって、もうどうしようもない域にまで達していました。
 僕は学校でも家でも、ひたすら体を硬くして、必要のないことは一切話さず、必要のあることでも時々は喋りませんでした。また必要のない動きもしません。「おとなしい子」「静か」から、「真面目」、そして「暗い」「変な奴」へと周りの評価が移行していきます

 そんな中で、僕は現実から空想の世界へと逃避していきました。僕は、そこにいながら、そこにいませんでした。
 空想のなかで、現実の自分の姿は消えていました。代わりに、活発な少年が一人いました。彼こそが、僕自身が現実に存在したかった姿、理想の姿だったといえるでしょう。それが少年、すなわち男の子だったということは、女としての自分の性別は拒否したいものであったということです。明確な性同一性障害の概念はなくても、自分が女であることへの嫌悪と拒否感、男でありたいという感じは存在していたと考えられます。

 とはいえ、そんな空想の姿など誰にも見えません。僕は、周りの人びととは、いわば違う次元を生きていたのです。

 なので、僕は小学校のアルバムを見ても、そこに自分は全く写っていない、存在していないという感じを抱かずにいられませんでした。今はその卒業アルバムは手元にありません。何年か前に捨ててしまったのだと思います。

 

 先日、性別適合手術を受ける何日か前に、小学生時代の友人と会いました。病院の術前検査の帰りに、駅で遭遇したのです。
 「どこに行ってきたの?」という何気ない質問に、「病院」と答えたことから、もうすぐ手術をするという話に。手術の詳細についてはとくに踏み込んで聞かれなかったし、話すこともありませんでした。

 しかしその翌日、彼女は、別のもう一人の友人とともに、健康のお守りを買って持ってきてくれたのです。僕はそのときいなかったのですが、家族に預けていってくれました。
 僕はメールで二人にお礼を言うとともに、手術というのは性別適合手術だと明かしました。すると二人とも応援してくれ、体の負担を気遣ってくれました。そして回復したら、皆でバーベキューでもしようと誘ってくれました。

 僕は思いました。小学生時代は、存在しなかったわけではないのかもしれないと。
 周りのみんなに見えていた彼は、僕の理想の姿ではなかったかもしれない。それでもあの苦しみの中を、誰にも相談できずに助けも求められないまま、不本意であった女子として必死で我慢を続け、それでいて犯罪を犯したり死を選んだりもせず、頑張って生き抜いてきた強い少年ではなかったか。
 そのようながんばって努力をした時期を「なかった」などと、大人になった自分が切り捨ててしまうことは、あの頃の自分に対して申し訳ないことなのではないか。
 そして、僕はずっと孤独だったと思っていたけれど、実はそうでもなかったのかもしれません。たしかに避けられたり、いじめに遭ったり、誰にも心を開くこともできなかった。それでも中には、声をかけてくれたり、遠足の班分けなどの時に仲間に入れてくれたり、病気で入院した時に心配してくれた人たちもいたのです。今回お守りをくれた友人だってそうです。

 

 小学生時代は、存在しなかったのではなく、僕自身がその存在を認めたくなかったということなのでしょう。それを思い出せば悲しくなり、苦しくなるばかりだからです。
 そのような苦しい思いを避けようとして、小学生時代の存在を否定していた自分自身の判断も、決して否定できるものではないでしょう。鬱病にもなってしまっていた自分を守るための、賢明な思考だったと思います。
 だけど、それもそろそろ必要なくなってきたのかなと思います。

 

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