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LGBTsニート

NEET株式会社LGBTs事業部のブログです

暴力的な性欲

恋愛と性指向

はじめに

 前回の記事で、僕は、性的興奮があると安心感が得られないと書きました。

susuro.hatenablog.com

 今回はそのことについて述べていきたいと思います。

 

性欲と暴力の結びつき

 性的興奮があると安心感が得られない理由。それは、僕の中では、性欲と暴力というものが、極めて密接に結びついているからです。
 ちなみに、「僕の中での性欲と暴力」です。一般的に性欲と暴力というものが密接に結びついているのだ、ということを、ここでは主張したいのではありません。つまり、他の人はどうだか知らないけれど、僕は性欲と暴力が結びついて感じられますよ、ということです。
 それを図示すると以下のようになります。

 

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 青が暴力、赤が性欲を表します。性欲のほとんどの部分が、暴力と重なっていることを示しています。

 性欲と結び付かない暴力はたくさんありますが、暴力と結び付かない性欲は、極めて少ない。
 僕は彼氏とセックスをして、性的な興奮をたいして感じない、という感じで書きましたが、「たいして」というのがポイントで、全くゼロとは言いません。そこで感じる性的興奮の質を分析すると、暴力を含む性的興奮も含まれてはいるけど、暴力を含まない性的興奮も含まれると思われます。それが暴力と重ならない、極めて少ない部分です。

 僕はたぶんゲイではなく、ヘテロセクシャル、すなわち異性愛者なのだと思います。性的興奮を覚えるのは、男女間での性行為においてです。
 ただし逆に言えば、男女間での性的な行為には、ほぼ全て暴力というものを感じるということです。

 

恋愛作品と暴力

 そのために、僕にとって、男女の恋愛を描いた小説、アニメ、映画などの作品は、全て暴力作品として感じられます。僕はそういった作品を全く見ないとは言いません。言わないけれども、少なくとも、その恋愛描写の部分においては、暴力シーンを見ているのと同じような不快感を覚えます。
 よって恋愛描写を楽しむためには、同性同士の恋愛を描いたものでなくてはいけません。同性同士の性的描写には、性的な興奮をほとんど覚えないため、暴力的なものを感じないのです。
 もちろん、同性同士の恋愛を描いた作品でも、暴力的な描写はありますね。そういうのは好きではありません。そのような場合は、同性同士であっても、暴力を感じます。そもそも暴力が描かれているのだから当たり前です。
 しかし、男女の恋愛を描いたものにおいては、そこに明確な暴力が描写されていなかったとしても、暴力というものを感じてしまうのです。
 また、男女の関係であっても、それが恋愛関係でなければ大丈夫です。友達ということなら、とくに暴力表現がされていない限り、暴力を感じません。

 

恋愛関係と暴力

 で、虚構の話から現実の話に戻します。
 現実の恋愛関係において、恋人となるのは、僕の場合男性でなければなりません。なぜなら現在僕は、男性として生きているのであって、同性との関係を望むのであれば、相手は男性である必要があるからです。

 僕は恋人に安心感を求めています。暴力的なものがあると、安心感とはかけ離れてしまいますから、暴力性を排除しなければいけません。性欲というものには暴力が含まれているので、恋人との関係において、性欲を排除しなければいけません。僕はヘテロセクシャルなので、異性間の関係において性欲を感じます。僕は男性なので、異性は女性となります。したがって、恋人が女性でなく男性であるということが必要です。

 という結論が導かれました。

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おわりに

 今回は性欲と暴力の結びつきについて述べましたが、ではなぜ、性欲と暴力が結びついているのか?性欲と結びついている暴力とはどのようなものなのか?いろいろあいまいな部分や、よくわからない部分があります。それらについて考えるのが今後の課題でしょう。

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