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LGBTsニート

NEET株式会社LGBTs事業部のブログです

社会に貢献してはいけない

「社会に貢献する」という言い方

 「社会に貢献する」

 そういう言い方は、ときどき目にしますね。

 僕はこの言い方を聞くたびに、妙な反発を覚えます。

 「絶対に社会になんか貢献する気はない」

 そう感じます。

 しかし、なぜなのか?それを考えたことがありませんでした。

 この反発は、「考え」とか「思考」とかいったものではなく、「反応」とでもいえるようなものだからです。

 つまり、「○○という理由で、社会には貢献したくない」というように、その理由を説明できるものではないのです。

 「社会に貢献」というキーワードを目にしたときに、瞬時に嫌な感じが体に走る。そのような類のものです。

 今回は、その感覚を説明できるように、つまり「考え」という形にできるように試みます。

 

「社会」とは

 このLGBTs事業部の理念の1つはこのようになっています。

 

 LGBTsに関する事業を通じて、すべての人が幸せに生きられる環境をつくることに貢献する。

LGBTs事業部の理念 - LGBTsニート

 

 この理念は僕が作ったものです。

 ここで「すべての人が幸せに生きられる環境」というのは、「社会」ではないのか?という疑問が出てきます。

 ここで「社会」という言葉はどのような意味を持っているのか、辞書で調べてみます。

 

社会(しゃかい)とは - コトバンク

 

 このうち、「デジタル大辞泉」の解説、1、2に注目します。

 

1 人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みをいう。「社会に奉仕する」「社会参加」「社会生活」「国際社会」「縦社会」
2 人々が生活している、現実の世の中。世間。「社会に重きをなす」「社会に適応する」「社会に出る」

 

  言葉というのは、そもそもいろんな意味を含むものです。同じ言葉でも、どのような意味が選ばれるかは、個々の文脈の中で決定されます。その文脈を無視した解釈は的外れであり(文学的な読みはその限りでないと思いますが)、的外れな解釈をもとにした批判は意味をなしません。

 ですから、「社会に貢献する」という文を目にしたときに、僕が「社会」をどのような意味として受け取っているか、が、いま問われていることです。

 結論から言うと、2の意味で受け取っていることになります。

 「社会に適応する」「社会に出る」と言うときの「社会」ですね。「社会人」とか「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ!」とかの「社会」でもあります。

 

 これは「既存の社会」とも呼べるものだと思います。

 僕にとって既存の社会とは、「自分を差別・攻撃するもの」という部分を含むものです。

 したがって、そのような部分を含むものとしての「社会」に貢献するということに対し反発が生まれるのは、何ら不思議なことではないと思われます。自分を差別し攻撃するものを、強化しようとすることになるのだから。

 

「既存」ではない「社会」

 しかしデジタル大辞泉の1をみると、「社会に奉仕する」という例文が出ていますね。この場合の社会は、2よりも意味が広く「人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営み」を指すようです。

 このように「社会」を捉えると、「社会に貢献」は、また違う意味を持ちます。「既存の社会」ではなく、「人間の共同生活」に貢献するという意味になるからです。「既存の社会」の「差別」的な部分を改善し、変革し、破壊するということが、「貢献」という意味になり得るということです。

  このような意味ならば、僕はとくに「社会に貢献」というものに反発を覚えません。というより、これがまさに、LGBTs事業部の理念に表された考えだといえるでしょう。

 

社会に貢献せず、社会に貢献する

 要するにわかりやすく言えばこういうことです。

 現在の社会には、人を差別したり、攻撃したりといった、人をつらい目に遭わせるようなことがあります。そのようなことに対して貢献、つまりそれを悪化させたり、維持するようなことはやめましょう。そうではなくて、人々が幸せに暮らせるように、良くないことはやめて、改善していきましょう。

 こう書くと、当たり前というか、道徳の教科書にでも出てきそうな文章になりましたね。でもそういうことだと思います。この当たり前が、個々の具体的な文脈になると(性のこととか、労働のこととか、国籍のこととか…)、無視されるのが恐ろしいところです。

 

 最近、LGBTという言葉がブームのようになっています。それに関連した活動や行政の対応も目立ってきました。

 しかしそれらのすべてが、既存の社会の差別的な部分を改善するものでしょうか。むしろ既存の社会の差別を強化し、誰かを切り捨て、その人を攻撃することになっていないでしょうか。

 そういう意味で、僕は「LGBT」の「ブーム」を歓迎する一方で危惧もしています。

 あまりに抽象的な言い方で、何について言っているのかわからない、という方もいると思います。すみません、僕も勉強不足で、今のところ明確に説明できる力を持ちません。

 なので興味を持たれた方は、少し考えてみてください。僕も調べて考えて、何かわかり次第、ブログで発信します。

 もちろん、LGBTのことだけじゃなく、みなさんの興味のある分野においてで結構です。世の中にある差別は、LGBTsに関することだけでは、もちろんないので。

 

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